音響監督・若林和弘×音響効果・山田香織 インタビュー
―― 原作を読まれての感想はいかがでしたか。
若林 原作ファンの方はご存知のとおり、序盤の少女漫画的な雰囲気からハードなスポーツものへとウエイトがシフトするところで、絵柄もキャラの顔つきも大きく変わる驚きがありました。今回の話をいただいたとき、アニメでは最初から後半のスポーツもののテイストを中心において、そのなかで彼女たちの少女漫画的な人間関係を描きたいとの提案がありました。個人的にも後者の感じが好きだったので、そのあたりのギャップは気にせずに取り組むことができました。
山田 ここまで本格的なスポーツアニメをやるのは、今回が初めてなんです。学生時代にバスケをやっていてスポーツは好きでしたので、「やっとできる」という嬉しさがありました。
―― 「音響効果とはどんな仕事なのか、よく知らない人が多いと思います。山田さんは、普段どんな風に説明されていますか。
山田 シンプルに伝えるときは、「音楽とセリフ以外の音を全部作っています」と言っています。
若林 環境音や、人や物などが動く音……映像から想像できる、さまざまな音ですよね。それらを別々につくって、映像にあわせて重ねていくという。
山田 はい。私の師匠にあたる人が、アニメーションの創世記の頃から活躍されていた方で、若林さんとも一緒に仕事をされていました。お陰で私もフリーになる前からお世話になっていて、師匠は「本物を使って音を作る」ことをずっと受け継いらした方ですので、私も同じ方法でやってきているんです。今回もラケットやシャトル、バドミントン用の靴などを一式揃えて、日常的な音をなるべくリアルに再現して、「コート上で起こりうる音」で映像になじませるようにしています。
若林 完全に「ない」嘘の音を作るのではなく、「ある」ものを基本にするということですよね。毎回、自分の体を使って音を作ってもらっています。とはいえ「ある音」だけではどうしても足りない時もあるので、そこは柔軟に補って作ってもらうのですけれど。
山田 日常的な音の中に、非日常な音が入ってきても浮かないように、いろいろ調整はしています。
―― バドミントンの試合を観るなど、かなり取材をされたそうですね。
若林 僕自身も本格的なスポーツものをやるのは初めてでしたし、ましてやバドミントンの競技を生で観たことがありませんでしたから、実際の現場をまず見たいとお願いしました。音を録るために取材へいったり、実際にインターハイを見にいったりもしました。間近で試合を観ることができて、ショットや靴の鳴る音もしっかり聞こえましたし、会場の雰囲気も体感できました。インターハイは、やっぱり観客や応援団の声援が凄いんですよ。そうしたなかで、選手たちはお互い励ましあったり、相手にプレッシャーをかけたり、メンタル的な戦いもしながら、シャトルを追いかけて全力でプレーしている。そのときに、ギュッと靴が鳴ったり、ラケットがシャトルに当たってカチッといったり、バーンと跳ねる大きな音がしたりする。そうした音を録っておいて、実際には使えないものも多いんですが、悩んだときに「こういう音だった」と確認するための引き出しにしています。
山田 取材では、沢山の方々にご協力いただきました。製作委員会協力のもと、インターハイを見に行かせて頂きました。その時に全体の雰囲気を経験・収録させて頂き、後日強豪校の方にもご協力頂けました!実際のバドミントン部の選手の方に色々なショットを打ってもらったものも収録出来ました。そこに自分で録音したシャトルの音を始めとする「様々な音」で肉付けしていきながら、最終的な音を作っています。本物の体育館の反響などを含んだ音には臨場感があり、こちらで模倣して作る音はどうしても同じにはなりません。今回は制作スタッフの中にバドミントン経験者も多いので、そういう人たちにも違和感を抱かれないような「音」にするよう気は配っています。
―― 各話の効果音は、どんなやりとりで作られているのでしょうか。
若林 いちばん最初に江崎(慎平)監督をふくめて全体の世界観をどうするかという打ち合わせを行い、今回は「リアルな方向性で」となりました。その後は、「ここに効果音が入る」というような基本的なことは自分のほうで決め事を作り、それを意識してもらいながら、「特殊なこと」があった場合には、そのつど相談する。という流れです。
山田 私の仕事は、各話ごとに必要な効果音を作る事です。作品によって作る順番は様々ですが、「はねバド!」は生音を録るところからがスタートです。生音が少ない作品だと1時間足らずで終わることもありますが、「はねバド!」の場合、4時間ぐらいかかかってしまいます。そこから絵にあわせて音を編集するのに数時間かけ、更にそこから音量や響きの調整、エコーをかけたり、セリフにあわせて音を左右に振らせたりするなど細かい調整をしていきます。
若林 今言った作業を全部彼女ひとりでやっています。歩き方が違うときは、靴をはきかえたりして丁寧にひとつひとつの音を作ってもらっています。僕もそうですけど、このやり方だと量産はききません(苦笑)。週2本はできないでしょう?
山田 (即答で)はい、本当に厳しいです!(汗)
若林 もうひとつ、これは観ている方には分からないことですが、私達が音響の作業をするとき、映像に色がついているケースはかなり少ないんです。そこを今回は、映像の動きや奥行きまでを考えた音付けをするために、できるだけカラーで作業させてもらうようにと最初に話をして協力してもらっています。それができると、リアル思考の様々な音色や広がりが違ってくるんですよね。今のテレビアニメではなかなか出来ないケースだと思いますが、私は普段からそのように作りたいと考えていて、仕事を引き受ける条件にもしています。
山田 この作品は毎回300数十カット、下手すると400カット近くある話数もあります。映像が求めている音の要求も高くて、効果音の数自体が普段やっている作品の倍以上あるんです。音声データのサイズでいうと、日常的な作品の効果音で1話あたり1.3ギガぐらいなのが、「はねバド!」の場合は5.6ギガぐらいあって……。
若林 4倍以上もある(笑)。
山田 バックアップのDVDに焼けなくて(汗)。それだけ物理的な音の数が多いので、色がついた状態で作業ができるのはとても助かります。効果音もセリフも、本来1フレーム単位であわせていくのですが、動きの情報量が少ないと、やりきれないことがあるんです。例えば、未完成の映像では動きと動きを繋ぐ動画が入っていません。そうするとキャラクターの動きはカクカクしてしまいます。そのカクッとした動きは実際には3コマで動く事もあれば、9コマかけて動く事もあります。そこにどう音をつけるかは勘の世界になってくるんです。「はねバド!」のダビング作業(※映像と全ての音をあわせる作業)のときはカラーなので嬉しくなります。映像に音をしっかり乗せられると、こんなにも迫力が違ってくることを実感しました。
若林 映像が未完成のときに音をつけて、最終的な絵の内容と違っていたまま放送・発売された場合、それを観た人は「音がズレている。音が間違っている」と感じるんですよ。こちらからすると「絵がズレた」のですが、人間は視覚情報が最初にきて、音は二番目になります。音を聞いて想像するよりも、映像を見て想像する方が豊かに想像出来るからなのです。しかもアニメーションは「絵」を基にした虚構の世界ですから、映像に「違和感のない整合性」をもたせた音を意識して作るのです。だからこそ、色のついた映像でできると、より頑張り甲斐があるんです。「はねバド!」は、絵も音もよくやっていると思います!
―― シャトルのビュンッと風を切る音も迫力がありますが、靴がキュキュッと鳴る音も、とても印象的でした。
山田 ありがとうございます。学生時代にバスケをやっているときに、隣のコートでバドミントン部が練習していたのを見ていて、あの靴の音が個人的にも好きなのです。格好いいときにキュッとやれたらいいなと。効果音って、本来あって当たり前のものなので、違和感なく聴いてもらえる状態がいちばんいいと思っています。縁の下の力持ちといいますか。突出してここを聴いてほしいってなると、そこに耳がいってしまいますので「音があることにすら気づかない」ぐらいが自然でいいのかなと思い、作業をしています。
―― 音響面で、中盤以降の聴きどころを教えてください。
若林 本作ではリアリティを大事に描いていますので、基本的にバドミントンのプレー自体は変わりません。スポーツアニメにありがちな、描写や音のエスカレートはないですし、プレーする彼女たちの息遣いも過度にはつけず、現実に即したぐらいのバランスで入れています。ただ、効果音中心で見せたり、音楽中心で効果音が少なめになったりする話数など、キャラクターを掘り下げていくにしたがって見せ方は変わって行きます。そうした部分も楽しんでいただければと思います!